武侠とは何者か

前にも書いたが、改めて。
記事には「武を以って侠をなす者」とあるが、では本場中国で言うところの「任侠の徒」というのはどういうものか。ときとして無法者と同義語に扱われることもある表現だが果たしてそれだけか。
司馬遷の『史記』から「遊侠列伝」を引用する。実を言うとこれからの部分は史記そのものからではなくてさらに別の本からの孫引き。だって引っ張り出すのひと苦労になりそうだもんよ。面倒。
それはともかく。
司馬遷は「遊侠列伝」を立てた理由をこう述べている。

苦難にあっている人を救い出しまた金品に困っている人を援助するという点においては仁者もこれを見習うべき点があり、信頼を裏切らず約束に背かないという点においては義人もこれを見習うべき点がある。

また、

その行為が世で定められている正義と合致しない場合もあるが、口に出したことは絶対に守り、為そうとしたことは必ずやり遂げ、いったん引き受けたことはどんなことがあっても実行し、自分の身をなげうって他人の苦難のために奔走する。存と亡、生と死の境目を渡るようなことがあっても己の能力に奢らず、己の徳業を誇ることを恥とする。そういった人として重んじるべきところを有する。

とも言っている。
しかし、こういう考えは皇帝を天にも等しい絶対の存在とする王朝統治の理念からは絶対に受け入れられないものだ。行いの善悪や世間の評判はともかく、平然と法を破る輩を放置することは天命を受けて地上を統治しているはずの皇帝の政治を否定することに繋がる。故に任侠の徒はどうしても国家とは相容れない存在となる。
そのため、最初から国家的事業として進められた『史記』以後の正史には国家にとって好まらざしかる連中を扱った「遊侠列伝」は収められていない。