科挙あれこれ

どうにもネタにしたい本が見つからん。もういいや今日ジュンク堂で買って帰ろう。それまでのつなぎにあれこれ。
●試験会場で起こる事変
前にも書いたが科挙の試験会場は試験が終わるまでは完全に出入りが禁じられる。つまり一種独立した異世界になるということ。それともうひとつ、この試験会場は試験以外のときは放ったらかしなんでどこも結構荒れていた。それこそなんか化けて出そうな雰囲気だったそうだ。
また中国には道教の「因果応報」の概念が深く根付いている。何事にもいつか報いがあるという考えだ。そして試験会場は男子の一生を賭けた勝負の場である。報いがあるならまさにうってつけと言える。事実、試験中に思わぬ災難(急病・錯乱・答案をうっかり汚すなど)が起きることは日頃の行いが悪いからとされ、非常に不名誉なこととされた。
以上の理由から、試験会場では様々なことが起きたといわれる。
蘇州のある挙子はふだんから老人を敬う念が深かった。彼は郷試のため貢院に入ったとき、すぐ近くの号舎によぼよぼの老人がいたので気の毒に思って何かと代わりに用を足してやった。そのうちにどうやら老人は持病が出たらしくてうなり出したので、人参湯を飲ませるなど介抱に努めた。その介抱の間に自分の答案を書く時間をくわれてしまい、彼は大いにあわて出した。すると老人が「私の答案はすでに下書きができあがっている。我ながら上出来の名文だと思うのだが、もう清書するだけの気力もない。なのでこれをそのままあなたに差し上げようと思うが、ひとつ参考にして下さい。私の名で採点されたのではなくても、最後に自分の作った答案が優秀な成績で合格するのを見て死にたい」というので、それをもらって見ると、たしかに見事な出来栄えである。もう時間がないから仕方がない。大急ぎでそのまま写しとって提出したところ、何と第一番の成績で合格した。
また別のある挙子の経験談。郷試のため入場した翌日の晩、ロウソクを灯しながらしきりに答案の構想を練っていると急に冷たい風が吹き込んで、灯火が消えそうになること数回。いぶかしんでいるとそこへぬっと出たのは若い尼僧の生者にはありえない青ざめた顔。どきっとして思わず叫びそうになるとその尼僧は「あ、ここではない、間違ってすみません」といったなり姿を消した。かと思うと、今度は隣の号舎の受験生が急にうなりだした。詰問する声があり、ののしる声があり、すすり泣く声があり、詫びる声がしたが、それがはたとやむと、あとは静まりかえって物音ひとつしない。そこで近くの房の受験生たちと誘い合わせてその号舎をのぞきこむと、そこの受験生はすでに冷たくなって死んでいた。
ある試験官が答案を採点中、ついそのまま机の上にうつ伏せになってまどろんでいると、夢の中にひとりの老婆が現れて「いまあなたが採点している答案は私の孫のものです。孫は普段から善行を積んでいるのを閻魔様がお褒めになり、私に孫の試験を守ってやれとおっしゃいました。どうか良い点をつけてやってください」と言った。この試験官は目が覚めても夢のことはたかが夢とその答案の採点を後回しにしていたが、また老婆が夢に現れて「あの子の父親も死刑になりそうだった無実の者を救ってやったという善根を施しています。その子が落第するようでは閻魔様の威光にかかわります」と切々と訴えるので、後回しにしておいた答案を見直してみると実はかなりの良い出来であったことに気付いた。そこでついに決心して合格点をつけてやった。さて合格者の発表が終わったあとで先の答案を見てみたところ、何のことはない平凡な答えに過ぎなかった、という。
また別の話では、試験中にひとりの受験生が突然発狂し、しきりに「許してくれ、許してくれ」と騒ぎ立てた。彼の答案用紙を見てみると文字はひとつも書かれておらず、ただ女の靴の絵が描かれているだけであった。これは彼が貞操を犯したために自殺した下女の霊が祟ったのだと言われた。
てな具合。怖いよな。ちなみに最悪の罪は「淫」であるとされた。これは妓楼通いなどではなく、乙女の誇りを傷つけることだった。


●破天荒
「破天荒」とは「今までに誰もしたことのないことをすること」の意味だが、もともと科挙から生まれた言葉。唐の時代に荊州から一人も進士合格者がいなかったために、荊州を天荒(文明未開の荒地)と蔑んで呼んでいたのだが、その後、荊州出身の劉蛻(りゅうぜい)という人が荊州人として初めて進士に合格して「天荒」を「破」ったとの故事による。