秘伝の書

南宋のころには後の蟋蟀迷たちのバイブルともなった『促織経』という本が書かれた。これを書いたのが当時の宰相であった賈似道という人。この人は自分も熱狂的な蟋蟀迷で、蟋蟀を戦わせているときは皇帝の使いが呼びにきても絶対に応じなかったっていうんだから恐れ入る。
その筋金入りのマニアが唐代以来の闘蟋に関わる知識を集大成し、自分の研究成果も加えて体系的かつ科学的にまとめた世界初のコオロギ百科事典が『促織経』なんである。惜しいことに原著は存在せず、明代に入ってから増補改訂された『促織経』二巻からうかがうことしかできないらしいのだが、その内容はコオロギにまつわる古代の詩歌から始まって虫の捕まえ方と購入の際によい虫を選ぶコツ、生態、生理、飼育法、戦わせ方、病気の治療と予防、ペアリングの方法、生育環境や体型別にみた虫の良し悪しの見分け方等々あらゆることがらを網羅しさらにそれぞれについて細かく項目別に解説されている本であったそうな。ごく一部だけを抜粋して翻訳されたものを見ると、あまりの細かさと熱心さに俺ですらちょっと引く(笑)。『促織経』以後もコオロギ飼育の指南書は多く書かれたが、そのほとんどは『促織経』の内容から大きく逸脱したものではないらしい。まさに「聖典」と呼ぶにふさわしい。とはいえ800年近く昔のものだからそのへんを差し引いてのハナシ。
さて、歴史は結局南宋が元に滅ぼされてしまったので、作者の賈似道は「コオロギに狂って国の大事を誤らせた奸臣」として歴史に不名誉な記録を残すことになってしまう結果となった。この辺りの評価はまた別の話になるのでここでは関係が無い。興味があれば自分で調べてみるのが一番いいと俺は思う。
重要なのはこれらをどうシナリオのネタにするのかであるのだから、話をそっちへ持っていくことにする。肝心なのは「闘蟋の秘伝を記した書物」すなわち「秘伝書」が存在するということ。これさえ読めばアラ不思議、そこらのぼんくらでもたちまち闘蟋の達人に早変わり。富も栄達も思いのままである。
続く。